COLUMN

魂の繋がりは永遠・・・。

先日、母方の祖母が93歳で逝去した。

 

これで、父方母方合わせて、祖父母全員が天国にいったことになる。

 

93歳で亡くなった祖母は、90歳まで喫煙していて、趣味でもパソコンを習ったり、自ら車を運転したり、スマホをいじったりする活発的なひとだった。

ここ2〜3年の、90歳を超えたあたりから持病が悪化したりして、入退院を繰り返していた。

 

俺が最後に顔を見て会話をしたのは、2年くらい前に母親と一緒に見舞いに行った病院だった。

 

なるべく毎年「敬老の日」には花でも贈るようにしていて、お返しにじゃないが、祖母が漬けた梅干しやら名産の果物などをダンボールいっぱいに送ってきてくれた。

 

その都度、お互いにお礼の電話をかけ合っていた。

 

大体祖母から言われることは、、、

「オマエ、嫁さんはまだかぁ〜?」

ってなことが多かったような気がする。

 

 

 

祖母逝去の一報を受けて、通夜と告別式に出席するために駆けつけた。

 

おくりびとによる死化粧は素晴らしく、ホントにシワひとつないキレイな顔をしていた。

 

通夜にも告別式にも、非常にたくさんの方々に参列していただき、

それもこれも、祖母の人徳だと思う。

 

 

93歳まで生きたのだから、大往生と捉えてもいい。

実際、通夜でも告別式でも、哀しみ一色のものではなく、

どちらかというと、偉大な祖母の思い出話などを語らい合いながら、

笑顔で見送ってやろうというものだった。

 

 

とはいえ、、、

 

いつも一緒にいた家族を失ったことに対する哀しみは深い。

それでも、たまにしか顔を見せないような俺に対しても、

相変わらずのやさしい笑顔で接してくれた親戚一同に、

心から感謝している。

 

 

そして、、、

 

俺の従姉妹にあたる祖母の孫が、出産するタイミングと重なっていた。

どちらが先かって話にもなってたが、

ひ孫の顔を見たいという思いもあり、祖母は一時回復の方向に向かい、

めでたく従姉妹が3,600グラムの男の子を出産した。

 

病床ではあったが、祖母も自分のひ孫の顔を見ることができ、

横に抱えて笑っていた。

 

 

その数日後、祖母は93年の生涯を終えて旅立っていった。

 

 

 

 

祖母の年代のひとたちは、いわゆる戦争体験者である。

そして、その方々の子供たちが俺の両親のような団塊の世代のひとたちだ。

 

 

これは、祖父母に共通していたことだが、、、

人間歳を重ねると、痴呆の症状も現れやすくなってくるもので、

みんないよいよ最期って時期は、そんな感じになっていた。

 

今話したことをすぐ忘れてしまったり、

耳が聴こえづらくなってきたりしたものだ。

 

しかし、戦争のときの話や自分の親兄弟のことになると、

それはそれは、スラスラと話始めたりした。

 

やはり、それほどに戦争体験というものは忘れがたく、

とても衝撃的な出来事だったのだと思わされるエピソードのひとつである。

 

 

例えば、父方の祖父母に聴いた記憶がある話では、

まだ赤ん坊だった頃の俺の父親を、布のようなもので包んで抱きかかえて防空壕まで逃げ込んだこともあったという。

 

 

その頃の出来事が、一瞬で変わっていたら、、

もし祖父母が戦争で亡くなっていたら、、、

 

両親どころか、俺もこの世にはいなかったのだ・・・。

 

 

 

祖母の告別式で、親族席から遺影を見つめ、

参列してくれた方々が焼香する光景を見ながら、

4人の祖父母のことを思っていた。

 

働きに働き、子供を育て上げたひとたち。

 

 

それだけで、立派な成功者なのではないかって・・・。

 

 

 

見事に生き抜いた人生でしたね!

素敵だよ、おばあちゃん!

 

 

いつの日か、俺たちも順番にそっちにいくから、、

そのときまで、しばらくサヨナラです・・・。

 

 

 

 

この数日間、新しい命の誕生と、旅立っていく命があり、

魂で永遠に繋がっていることを心から信じられた時間だった。

 

 

 

もう会えない哀しみを感じながら、

教えてもらった“生きる”ことを噛み締めていこうと思う。

 

 

 

 

合掌

 

 

 

 

 

 

PS:

従姉妹の子供を、俺の子供が生まれた風に写真撮ってきたww

 

 

 

 

 

Shin